スパッタ膜の密着性について
密着性が悪くて、膜剥がれが生じるという場合に、基本的には3つの要素があります。
①基板の清浄度
いわゆる洗浄がきれいにできているかということですが、通常は既設の洗浄槽に入れて洗浄します。大きな基板の場合には、 手で洗う場合もあります。液体洗浄の場合には、洗浄後の乾燥工程が、大変重要で瞬間的に乾燥しないと液滴が残ってしまいそこに汚れが、生じます。
基板がガラス、セラミック、金属の場合には、同様な工程を採りますが、ガラスの場合には、やけが発生している場合、それを取り除く必要があります。金属の場合には、錆やその防止のための油脂などをきれいに除去する必要があります。
基板がプラスチックの場合には、液体で洗浄できませんので、通常プリトリートメントとして、プラズマでの前処理が使われます。これは、真空チャンバーにガスを入れプラズマを立てて、処理を行いますが、樹脂表面の水分子の除去、有機物の分解除去、樹脂表面の親水化処理が目的です。このプリトリートメントが、大変重要で、プラズマでの処理時間、処理ガス種、放電圧力、放電電力などの条件が最適化されていないと、逆に汚してしまいます。親水化処理は、樹脂表面に、酸素を含む官能基を生じさせ、密着性を上げるという作用があり、これが必要です。
真空蒸着の場合には、樹脂のプリトリートメントと同様なことをボンバードと言って、樹脂だけでなく、ガラス基板やセラミック基板などにも、常温で蒸着する場合に行います。真空蒸着では、基本的に密着性を上げるために、300℃以上の加熱を行って、密着性を確保しますが、基板加熱ができない場合には、樹脂以外の基板にも、このプラズマ処理が必要です。ここでも、処理条件が悪いと、却って基板を汚してしまいますので、最適化が重要です。
②界面での相互作用
スパッタされた粒子は、大半が中性粒子です。この粒子がイオン化しているか中性粒子のままであるかが重要です。イオン化できれば、そこにバイアスを掛けて、基板側に加速したり、逆に抑制したりできます。また、イオン化していれば、基板との化学反応を利用した結合を期待できます。そのために、プラズマを利用することになりますが、それは電源の種類、パラメーターによって変わりますし、カソードのマグネトロンの強さや配置によって変わります。さらにその時の放電ガス圧、ガス種、排気速度などにも影響されます。それらの総合的な因子を最適化することで、密着性を上げることができます。このプラズマ利用は、上記洗浄におけるプリトリートメントやボンバードと考え方は似ています。相互作用の中身を考える場合には、スパッタ粒子の化学的な反応の側面と物理的なエネルギーによる相互拡散などの物理的な側面について分けて考えると分かりやすいかと思います。スパッタ粒子の特性をその二つに分けて、どちらの側面を強化した方が良いのか、そういう見方をすることで、条件の最適化がやり易いかと思います。
③内部応力
内部応力は、大変重要です。PETなど薄いプラスチックフィルムのような場合には、フィルムがカールしたりしわが寄ったりして、外観を観察するだけで、内部応力を実感し、また測定をすることも比較的やり易いですが(ただし精密に測定するには、難があります)硬い基板の場合には別途測定方法を考える必要があります。例えば、簡易的な方法ですと「現場のスパッタリング薄膜Q&A」第2版329Pにありますようにマイクロシートガラスを用いた治具を成膜試料のすぐそばに置き、その反り方向で圧縮、引っ張り、そりの大きさから計算によって、応力を求めることができます。いわゆる片持ち梁法と呼ばれる方法ですが、これ以外にもニュートンリングを用いる方法やX線ディフラクトメーターを用いる方法などもあります。基板の種類によって随時最適なしかもすぐに使える方法を選択することが必要です。あまり面倒な方法ですと現場にて使い辛く、測定回数が減ってしまって、あまり役に立たないことになりがちです。
密着性に係る部分は、この薄膜の内部応力③と①、②で生じるいわゆる狭義での密着性のバランスにおいて③が①、②よりも大きくなった場合に、膜の内部応力の緩和現象が起き、膜剥がれや、膜の脱落などが発生すると考えています。そのためには、この内部応力を減少させることが必要ですし、内部応力の大きさを把握しなければなりません。そのために、内部応力を測定する必要が生じます。
例外としては、ハードコートがあります。ハードコートは、硬さが必要ですし、その硬さは、内部応力を高めることが必要です。ハードコートの成膜条件は、内部応力を高めて、しかもそれ以上の狭義の密着性を持たせるように、物理的なアンカー効果や傾斜膜、混合層、超多層膜なども多用して、形成しています。